ささげたものは、きよくなる
民数記16章読んでたら、
主に逆らった250人が裁きとして焼き殺されたシーンがあった。
でもその後、神様は、彼らがささげた火皿を使って
祭壇のコーティングをするようにと命じてる。
「・・・罪を犯していのちを失ったこれらの者たちの火皿を取り、
それらを打ちたたいて延べ板とし、
祭壇のための被金(きせがね)とせよ。
それらは、彼らが主の前にささげたので、
聖なるものとなっているからである。・・・」(民16:38抜粋)
不思議だなと思った。
でも、おれがどんなひどい罪人であっても、
神様のためにと思ってささげたものは、
きよい供え物として受け取られるんだと思ったら、
なんかなんともいえず嬉しくなった。